あなたのコトバが あなたをだます/日本語道場2020

「漢字假名まじり文」の日本語をkeywordに私たちの社会の深層をさぐります。

假名文字地獄/日本語💩『日本語が亡びるとき』の難点

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レトロ・コロナ・ウイルスは 普通のカゼでおなじみです。

日本語は、話者一億超えの大言語

この記事をかいてゐるのは、令和2年4月5日だが、

新聞・TVでは、covid-19 のことを、新型コロナウイルスとか

新型肺炎とよんでゐる。(5月15日まで推敲)

virus 發生源の武漢のことをTV・radioでは、

いまだに BUKANブカンと 發音してゐる。

「それがだうした?」つて?

いいですか、

この地球上に「bukan」なんぞと發音する大都市は

どこにも存在しない。

中國々内では、武漢を中國語發音でよぶ。

炬燵のまへで、あたりまへ。

だから、日本以外のすべての國の放送では、

wuhanと發音してゐる。

上記の alphabet 表記は、

英字媒體での 表記であります。なんとかして、

原語にちかい發音を かきしるさうと してゐる。

wuhan ですぜ、ガラパゴス日本の島民のみなさん!

 

閑話休題

日本語が亡びるとき」につきましての 御ウワサ。

◆その「あとがき」のあとの、「文庫版によせて」で

率直な誤認を 吐露なさつて をられた水村女史が、

第一章「アイオワの青い空の下で〈自分たちの言葉〉で書く人々」で

述べてゐらつしやる、その要點は、

おほくの國で 様々な民族語國語で 文筆家がかいてゐる、

といふことであります。そして、

それぞれの國の國語は、少数の話者しかゐないので、

出版しても採算がとれないといふことである。

人口500萬人にも みたない國ノルウエーでは、

過去に支配してゐた 宗主國デンマークの言語を

もとにした(かき)言葉が つかはれてゐる、とか。(p.62)

そして、地の文で

「地球のありとあらゆるところで人は書いていた」と くりかへす。

その一方で、英語が 世界語・普遍語として

國際社會に定着してしまつた。(p.65)

そこを問題にしてゐらつしやる、のであります。

そして、ワガ日本語と英語との腐れ縁が、この章のあと

いろいろ展開されてまゐります。

さて、この第一章で、水村センセが参加されてゐる

「IWPといふプログラム」は、USA、Iowa大学が主催する

International Wrighting Program のこと、だとか。

教育機関としての mecenaメセナと いはうか。

毎年、世界中から さうすくなくはない文筆家を招待して、

なつの おはりのひとときを、広大なイナカで

コトバの序列(p.64)に かかはりなく、

表現活動の当事者同士が、意見を交換する。

 ◆そこで(水村女史が)もちあげるのが、

英語の地球上での位置・影響度である。

  もう、日本語のでる幕もなし。ましてや、

ノルウェー語やモンゴル語の勢力外通告は、もう

決定的である。

そして、日本語の国際的タチバもほぼ同様である。

日本語話者(台湾の微少話者をふくめ)は、

1億3千万にも みたないけれども、それでも

人口からみれば、世界 第10位にはいる、大言語である。

複数國に わたつて話者のゐる French や German よりも 

話者人口が おほい大言語で あるにもかかはらず、

世界のなかにおいては いかなる影響もおよぼさない、

きはめて謙虚な民族語である。

(外國から日本に移住して、日本語で生活してゐるモノも

ゐるにはゐるが、きはめてすくない。)

それといふのも、

日本語表記法の悪魔的(Fiendish)複雑さが、

特にヨミにおいて、習得の障碍となつてゐるからだ。

まへから、かいてゐるとほり、

総理大臣すら ヨミを まちがへるやうな國語文字とは

そもそも、communication の tool たる「コトバを

記録する文字」の要件を満たしてをるのか。

外國人のみならず、日本人のほとんど全員が

漢字のヨミで難渋してゐる。

公的機関もそうであるので、

市民が、役所に提出する書面の住所氏名記入欄には、

必ず「フリガナ」の欄がある。

地球上のあらゆる國の役所金融機関で、記入した文字に

發音記號を記入させるトコロがあるものか。

日本だけである。

正氣の沙汰ではあるまい。

◆よく例にあげられる、極大異常の漢字ヨミのひとつ。

ひとつではない、20以上もある。はい、

「生」のヨミです。

音よみから

1・セイ、2・セウ(ショウ)。

訓よみでは、

3・き、4・ふ、

和語の動詞をあてて、

5・い-きる(-ける、-かす)、6・う-む(-まれる)、

7・お-う、8・は-える(-やす)、9・な-る、10・た-つ、

同じく名詞、

11・うぶ、12・なま、

以上である。

さらにこれに、役所にだす出生届に記入する

ナマヘのヨミが、変幻自在である。

漢和辞典に記載されて をるものだけ でも あげてみやうか、

13・あり、14・い、15・いき、16る、・いく、17・いける、

18・う、19・うぶ、20・うまる、21・お、22・おき、

23・き、24・さく、25・しょう、26・すすむ、27・せい、

28・たか、29・なり、30・のう、31・ひさむ、32・ふ、

33・ぶ、34・ふゆ、35・み、36・ゆき、37・よ、

と、以上のごとしである。

おまへさま、よめましたか。しつてましたか。

◆しかし、これでもおはらぬ。まだある。

漢字をくみあはせた熟語単語のヨミが、

ヒトスヂナハでは まいらぬ。

あまりにもおほいので、10例までにとどめる。

イ・生活(タツキ)、ロ・生月(イキヅキ)、

ハ・生業(ナリハイ)、二・生絹(スズシ)、

ホ・生原(ハイバラ)、ヘ・生子(ウブス、ナマコ)

ト・生粋(キツスイ)、チ・生石(イクシ、オオシ)、

リ・生憎(アイニク、アヤ二ク)、ヌ・生田目(ナバタメ)、

こんなトコロだが、どんなモンです?

全部よめた として、それが だうだと いふのぢや。

教養だとでも いひつのり ますか。

◆ひとつの文字を、ここまで無惨に もてあそぶ

ヤマトごころの奇怪さは、たしかに悪魔的でせう。

中國でも朝鮮でも、かつての Vietnamでも、

漢語ひとつにヨミはひとつ。そんなことは、

意思傳達を目的とするコトバの機能に不可缼の要素である。

それを、わが民族國民は、トチくるつたまま、

大和朝廷から令和の御代まで、頑迷固陋に

しがみついて をる。

かくして『日本語が亡びるとき』は、すでに はじまつてゐるが、

もし、すくふテダテが あるとすれば、

梅棹忠夫氏のいふやうに、Roma-Jiしかないのであらう。

(この項つづく)