あなたのコトバが あなたをだます/日本語道場2020

「漢字假名まじり文」の日本語をkeywordに私たちの社会の深層をさぐります。

二重言語国家日本の悲喜劇は、好評続演中。



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承前)……
石川九楊センセの御説で、もつとも奇天烈な前提は、
「『漢字を器用につかひこなしてゐる』日本人の語感が、ほかの言語話者よりも、すぐれてをり、ふかい」とおもひなしてをられるところです。

漢字は、表音文字とは対極にある
symbol(記号) なのです。
ただ、natural  language から みるとき
たとへ表語文字の漢字 とはいへ、
音素としての記号を、基本的な語字に おはせてゐる例がおほい。
たとへば、
「静」や「清」「錆」「晴」など、「青」をふくむ語字は、
部首としての「青」の音価[quin / セイ]にしたがふごとく。

「欽」や「近」「欣」「芹」の発音は、「斤[king / キン]」から。
「飯」「販」「板」「叛」は「反[ fan / ハン]」から。
等など であります。( 上記 roma 字表示は ピンイン[?音]に 相当させている)

勿論、例外もゴマンとある、が。

いな、ハナシは ギヤクである。
はじめに「セイ quin」と発音するコトバがあつて、
それを 漢字でかくときに、だうするか、かんがへて
古代中国の賢者は
「ツクリ」や「ヘン」を つけたしたのである。
あたりまへであるが、
漢語でも、ハナシ・コトバが、まず あつて、
そのあとに  文字が つくられたのである。
漢字がさきにあつたのではない。

ところが、その漢字であらはされた文献が、
ヤマトのクニに到来する。
そこから 艱難辛苦、
日本語の言語的奇形が 異様な進化をとげる。

1000年以上の 歳月を要しながらも、
まさに、ガラパゴス的孤立による、人類世界で稀有な言語空間が
発症癒着したのである。
孤立語である中国語と、膠着語たるヤマトコトバは、
構文のうへからも、融合する余地など  まつたくないにも かかはらず、
無理やり おしこんで、きつたり はつたりの
征形手術を ほどこして しまつた。
(もつとも、近代の*1中国語は、
部分的に膠着語の構文をとるやうになつてゐる)

仮名文字が、漢字から仮りてあみだされたのは
イタシカタなかつた。
かなしいかな、
圧倒的中国文明にくらべて、当時のヤマトのクニの ありやうは、
みすぼらしさも きはまれり。
想像にかたくありません。

さすれば、
漢字を真名(マナ);真正の名(モジ)、
ヤマトコトバ音声の表記文字を、
仮名(カナ);仮りの名(モジ)
と よぶしか ありませなんだ。
漢字>真名、
やまとコトバ文字>仮名。
なんたる  へりくだり、自己卑下。

それも、しかたなかつたのかもしれぬ。
なにしろ、当時のヤマトのクニには
文字が存在せず、周辺の先進文明国は、
中国しかなかつた  ので から  して  ながら  たり。

かうして、やまとコトバは
漢字によりそひ、つきしたがふしかなかつた
のであります。
「仮名がき」ヤマトコトバ が   退化した音声語、仮名。
「漢字」が 文化的真正の表記語、真名。
となつてしまつたのである。

石川センセの御説は、
音声でしかありへぬ(中国語とヤマトコトバをふくめた)
人類共通の言語の実体を無視して、
「漢字かな混じり」で表記される日本語を、
すばらしく深化した言語だと  いひつのる。

これぞ、漢字に淫した(それをうしなつては、
メシのくひあげとなる)書家 の面目躍如たる ユヱン!



*1:北京官話に集約されるところの